キキ 飛べ なくなっ た 理由 原作。 【魔女の宅急便】オス猫ジジが話せなくなる理由や役割は?声優も紹介

魔女の宅急便キキはやきもちが飛べなくなった原因?トンボに怒ったのはなぜかも

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魔女の宅急便のその後は!キキとトンボの未来を紹介 魔女の修行中の13歳のキキは、海沿いの大都会・コリコを新居に決めパン屋の離れに下宿をしながら、宅急便屋さんとして修業をする毎日を送っていました。 飛行クラブのトンボと出会い、はじめのうちキキはトンボを避けていましたがだんだんと打ち解けて仲良くなりました。 ある日、トンボの乗っている飛行船が事故にあい、それを助けようとしたトンボが宙吊りになってしまいます。 キキは中継でそのようすを見てあわてて現場に駆けつけます。 そのときキキはほうきもなく、魔法の力もスランプでしたが、とにかく必死にトンボを助ける姿には友情以上のものを感じました。 映画ではキキとトンボが仲良く飛行をしている仲良しの関係でエンディングを迎えました。 原作「魔女の宅急便」ではその後のキキとトンボの姿が描かれているのです。 トンボは17歳で生物学を勉強するためにコリコの街を離れてしまいます。 キキはトンボのことが気になり、離れていてもつながっていたいと思い文通を始めました。 キキは10代をトンボと離れて暮らしましたが、心はトンボでいっぱいだったのです。 そして虫に夢中だと思っていたトンボの気持ちもまた…。 映画『魔女の宅急便』とは?あらすじや見どころ こちらでは映画「魔女の宅急便」のあらすじや見どころを紹介します。 あらすじ キキは魔女のおかあさん・コキリと人間のおとうさん・オキノに愛されて育った天真爛漫な魔女の女の子だ。 13歳になったら、一人前の魔女になるために、知らない街で一人暮らしをするのが魔女の掟。 相棒の黒猫・ジジと共に故郷を旅立ったキキは、海沿いの大都会・コリコを「新居」にしようと決めるのだが…。 忙しない大都会に戸惑い、騒動を巻き起こして早速落ち込んでしまうキキ。 そんな中、パン屋のおかみさん・おソノと知り合ったキキは、彼女の家の離れに下宿しながら、魔女の空を飛ぶ力を使って「お届け屋さん」をすることになった。 キキの最初の仕事は、黒猫のぬいぐるみの配達。 キキは張り切るが、その道中、ぬいぐるみを森に落としてしまった!! ぬいぐるみを探している時に森のアトリエで暮らす画学生・ウルスラと出会ったキキは、夢を叶えるために他の女の子たちとは違う道を選んだ彼女と心を通わせる。 そうしてキキが新生活に少しずつ慣れ始めていたある日。 友達のトンボがキキをパーティーに誘いに来た。 初めてのパーティーに胸をときめかせるキキは、大急ぎで仕事を片付けようとするのだが… 引用元: 見どころ 魔女の宅急便のその後を原作本ネタバレから紹介 では原作「魔女の宅急便」からネタバレを紹介しちゃいます! キキとトンボの恋の行方は 映画では友達のままストーリーが終わっていますが、 その後トンボは生物学を勉強するためにキキと離れて暮らすようになります。 トンボとの関係を終わらせたくないキキは、 トンボと文通をすることを決意!きっとこの時すでにキキの中には恋心が芽生えていたのでしょう。 でもトンボから来る手紙には昆虫のことばかり。 不安と寂しさを感じるキキの前にドレスのデザイナーをしているサヤオという青年が現れます。 人気のあるヤサオにキキはあまり興味がなく打ち解けられませんでしたが、彼の作るドレスに魅入られて次第に仲良くなっていきます。 ファッションショーでヤサオの作った星屑をあしらった黒いドレスを着たキキ。 キキはヤサオに「自分の結婚式にはドレスを作ってほしい」と頼みました。 ウエディングドレス姿のキキの横にいるのはやっぱりトンボしかいない。 キキは自分の気持ちに気づいたのです。 キキとトンボが結婚 「魔女の宅急便」原作本5巻でキキは20歳になりました。 ついにトンボが学校を卒業しキキのもとへと帰ってきました。 やっと再会した二人なのにトンボは手紙同様いつも昆虫の話ばかり。 キキはそんなトンボに怒り帰ってしいました。 鈍感なトンボですが、翌日キキのもとへ謝りにいきました。 それから2年後、キキが22歳になったときようやくトンボとキキは結婚したのです。 双子の子供が誕生 「魔女の宅急便」原作本6巻では、キキとトンボが結婚してから13年後のことが描かれています。 キキとトンボには双子の男の子と女の子が誕生していたのです。 男の子はトト、女の子はニニ。 13歳は旅立ちの歳です。 ニニは立派な魔女になるために旅立つのですが、トトは男の子なので魔女にはなれません。 それでもトトは自分なりの「道」を見つけ、ニニと同じ日に旅立つのでした。 原作ではキキとトンボが双子の子供、トトとニニを見送ったところで完結となります。 ニニがどんな魔女になるのか、トトは魔女になる夢を諦めてどのような道を歩いているのか…とても続きが気になる作品です。 画像引用元: ジジは言葉を失わない キキと黒猫のジジは映画の中で会話をしているようですが、ジジは言葉を話せません。 キキがジジの話している言葉を理解する能力があるのです。 なのでジジはキキ以外の人と意思を通じることができないのです。 言葉を話せなくなるのは映画オリジナル 映画の後半でジジは隣に住む猫のリリーと仲良くなりますが、そのシーンを境にジジは喋らなくなります。 もともとジジは言葉を話せないので、ジジが喋らなくなったのではなく キキがジジの言葉を理解する能力がなくなったのです。 理解する能力がなくなった理由については映画には描かれていません。 理由として考えられるのは 『キキが人間に近くなってしまった』 ということがあります。 このころキキはトンボと仲良くなり、トンボに思いを寄せ始めたのだと思います。 そのため魔女としての能力が衰え始め、魔法をうまく使えなくなったり、ジジの言葉を理解できなくなったのではないでしょうか。 パン屋の猫と結婚 キキとジジはパン屋のオソノさんの離れに居候していますが、 その家に住むデザイナーのマキが飼っている白猫がリリーです。 初めのころジジはリリーが気になっていたのですが、リリーは冷たい態度でした。 それがだんだんと仲良くなり、ついにはジジとリリーは結婚しました。 特に漫画やアニメに強く、U-NEXTにしかないものもとても多いです。 全てが無料作品ではなく、有料のものもあります。 しかし月額料金を支払うようになると、毎月1200ポイントがもらえます。 このポイントを使って作品を見ることができ、レンタルしにくい男性向けの作品なんかも見ることができるんですよ!.

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【魔女の宅急便】キキの初潮シーンは、飛べないことのサイン?!

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・思春期の不安定な心理面での影響と風邪が原因の体調不良が重なったという見方 ・身体の成長に精神面が追い付かずにスランプ状態に陥ってしまった ・都会のおしゃれな女の子を羨ましく思い、自分には無いものにあこがれてしまった為に今の自分の何もかもを否定してしまったから。 ・トンボに恋をしたため いろいろな意見がありますが、この中でトンボに恋をしたためという意見はネット上では多数を占めているようでした。 但し、下記宮崎監督のインタビューから考察できることがありますので、読み解いてみましょう。 この作品では魔法というものを、 従来の魔法そのものの伝統とかを全て切り離して、キキの持っているある種の才能だと限定して考えました。 それだけに、いくらでも飛べなくなることがあるんです。 飛べなくなったのはトンボとケンカしたからだとか、 説明すれば問題は明確になるとか言えば、そうはならないと思うんです。 むしろ、映画の中の表現の方が女の子に納得してもらえると思ったんです。 僕たちにも、昨日描けたものが急に描けなくなることがよくあります。 どうして描けたのか忘れてしまうんです。 それがどうしてなのか解りませんよね キキが飛べなくなったのは初潮が関係 「映画の中の表現の方が女の子に納得してもらえると思ったんです。 」とありますが、映画の中ではキキがお腹が痛そうなを姿があったので、思春期前後に起こる女性の体の変化、つまり初潮であるということが憶測できるわけです。 初潮は、大人へ成長する階段で起こる女性ならではの現象で、そのため、精神的・身体的にも大きな変化があり、今まで通り魔法を使うことが出来なくなってしまったということです。 尚、トンボとの恋愛説は、宮崎駿監督のインタビューから完全になくなった感じです。 では、やはり初潮説なんでしょうか?キキが飛べなくなったのは、初潮を迎えたからという話は宮崎監督の女の子に納得してもらえるという一言から憶測されていることですが、果たしてそんな単純な理由なのでしょうか? 宮崎駿監督の作る映画です。 もっと奥の深い何かであることは想像に難くありません。 魔女の血か、いいね。 私そういうの好きよ。 魔女の血、絵描きの血、パン職人の血。 神さまか誰かがくれた力なんだよね。 おかげで苦労もするけどさ キキが口にしたように、魔女というのは「血」で空を飛びます。 「血」を具体的に言い換えるなら、生れながらの才能だと思います。 キキは生れながらの才能で空を飛んでいます。 キキに関しては空をとぶのにもかかわらず修練してるわけではありません。 あまり努力することがなくても、いつの間にか、すんなりとこなせてしまう事例、あるのではないでしょうか? 意図しなくても他人に比べて思いのままにできること、きっとそんな得意分野それぞれ持っているんではないかと思います。 ズバリそれが「才能」=「血」というものです。 ところが、一人で気ままに空を飛んでいれば良かった過去とは違う環境に置かれ戸惑ってしまいます。 街で仕事をすることになれば、より一層自分から周囲の人の中へ入って行く必要性が生じます。 親元を離れて独り立ちした以上、いつまでも自由気ままな子供のままでいられるはずもなく、多くのことを学ばないと生活できない環境に遭遇するのです。 飛行船の一件からの考察 仕事を行なっていく過程でお客様も多くなってきた、トンボという名の身近な異性の友達だってできた。 皆さんに自分の働きが認められるようになっていきます。 「空を飛ぶ」という自分の能力・才能が、認められることに歓びを感じるキキは生まれて初めて持つ感情です。 能力を受け入れられるということは、加えて周囲の人から評価され、序列を付けられるということを指します。 そのことが大人になるということなのです。 どうしたって他人を意識してしまいます。 それゆえに、トンボや女の子たちにやきもちを焼いてしまったり、コンプレックスを抱いたり、落胆してしまうのです。 トンボが「飛行船に乗ろ」って誘ったのに拗ねて帰ってしまったのは、その表れです。 キキにとっては友だちがトンボだけしかいないのだし、自分だけを構って貰っていると考えていたのに、トンボが沢山のの友だちを持っていたことに対して、ヤキモチを焼いた場面があります。 でも、キキがやきもちを焼いたというより、 空を飛ぶという値打を、「飛行船」と自分自身を比較してキキ自身の存在価値がたいしたことないと落胆したのではと推測します。 ニシンパイの一件からの考察 「ニシンのパイ」の一件もキキの心に影を落としてしまいます。 必ずや感謝されるであろうと思っていたのに、「私このパイ嫌いなのよね」と冷たい言葉を浴びせられるのです。 仕事をするっていうのは、自分の思い通りに進まないこともあるという現実を突きつけられてしまいます。 ところで「ニシンのパイ」とは、魚をパイに入れて焼く、イギリス発祥のパイだそうです。 魔女の宅急便に出てくる「ニシンのパイ」はそれほど違和感がありませんが、本場のものは中に魚が入っているという事を表すために魚の頭部をパイから突き出すような形で包み焼きにされたものもあるとか。 本場のニシンのパイは少しグロテスクで食欲をそそるとは到底思えないぐらい不気味です。 魔女の宅急便はラストシーンが核心 結局、魔女の宅急便を通じてで宮崎駿監督は何を伝えたかったのか? トンボとの恋愛でもないし、キキが飛べなくなった理由でもありませんが、それぞれの事柄はキキを取り巻く環境や心理状態を表しているのです。 そしてそれらのことはラストシーンに繋がる伏線として映し出しています。 いろいろあったけど、キキがラストシーンで再び飛べるようになる場面があります。 キキがトンボを何とか救いたい、それはキキが大人になる段階で世間のことが気になってしょうがない諸々の事など頭にありません。 ただ一心不乱に純粋にトンボを助けたいその気持ちだけなのです。 かっこばかりを気にしていたキキは、その辺のデッキブラシで必死で飛んで助けるわけです。 何故飛べなかったキキが飛べるようになったのか? 魔女の宅急便のラストシーンで、キキが飛べるようになったことに対して映画を見た人たちに何が大切なことなのか? 最初から最後まで映画を見れば答えはそれ程難しくはないはずです。 まとめ 魔女の宅急便の主人公キキは突然空を飛べなくなることからその理由が話題となりました。 宮崎駿監督のインタビューで「映画の中の表現の方が女の子に納得してもらえると思ったんです。 」という言葉から空を飛べなくなったのは、初潮が原因と言う憶測が経立ちました。 森の中の山小屋のアトリエで生活している画学生ウルスラとキキの会話の中にスランプ脱出のヒントがあります。 ラストシーンで親友のトンボの救出が出来たのは、キキが再び空を飛ぶ事ができたからで、何故飛ぶことができたのかそこにこの映画の核心があると思います。

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【魔女の宅急便】オス猫ジジが話せなくなる理由や役割は?声優も紹介

キキ 飛べ なくなっ た 理由 原作

金曜ロードショーで『魔女の宅急便』を放送していましたね。 もう何回、観たことか。 何回観ても新しい発見がある本作ですが、 なぜ映画の途中でキキは空を飛べなくなってしまうのか。 これ気になりませんか。 「キキがトンボに恋をしたから」「大人になったから」「他の女の子に嫉妬したから」など、とまあ、理由をいろいろと考えることはできるわけですが・・・。 実はキキが飛べなくなった理由は、映画のなかのとあるセリフで語られているのです。 映画の途中で絵描きの少女が登場しますよね。 (映画のなかで名前を呼ばれるシーンはないのですが、彼女の名前はウルスラと言います) 宮崎駿監督いわく「あの絵描きのお姉さんも魔女だと思うんですよ😱カラスをたぶらかして絵を描く🤯次にはキキさんもたぶらかして『あんたは美人だよ』とか、いろんなことを言ってね……。 😭😭😭😭そういうところを持っている人を出したかったんですよね」とのこと…。 — スタンリー@金曜ロードSHOW! あのシーンの会話を思い出してください。 ウルスラ「魔法も絵も似てるんだね。 私もよく描けなくなるよ」 キキ「ホント!? そういう時 どうするの。 私、前は何も考えなくても飛べたの。 でも 今はどうやって飛べたのか分からなくなっちゃった」 ウルスラ「そういう時はジタバタするしかないよ。 描いて描いて描きまくる」 キキ「でも やっぱり飛べなかったら?」 ウルスラ「 描くのをやめる。 散歩したり、景色を見たり、昼寝したり、何もしない。 そのうちに急に描きたくなるんだよ」 ここで重要なのは「魔法も絵も似ているんだね」というセリフです。 ウルスラ「魔法って 呪文を唱えるんじゃないんだ」 キキ「うん、血で飛ぶんだって」 ウルスラ「魔女の血か、いいね。 私そういうの好きよ。 魔女の血、絵描きの血、パン職人の血。 神さまか誰かがくれた力なんだよね。 おかげで苦労もするけどさ」 これです。 そのものずばり。 もうウルスラがはっきりと答えを言ってますよね。 絵を描くのも、魔法を描くのも、自分に与えられた天性の 才能なのだと。 つまり、キキが飛べなくなった理由は、「 空を飛ぶという行為」が「個人の才能」によるものだからです。 難しく考える必要はまったくありません。 空を飛ぶのも、絵を書くのも、パンを焼くのもみんな同じ、無意識のうちに発揮される才能なのです。 平たく言えば、 思春期を迎えた女の子が、人とのかかわり合いの中で自意識過剰になって、嫉妬して不安になって、劣等感を感じて、ふてくされてもやもやしてスランプになった。 そんなところです。 トンボに恋をしたから?• 他の女の子と自分を比べて劣等感を感じたから?• 仕事が上手く行かないから? ある意味、全て正解なんです。 ここでは宮崎監督の発言を交えながら、考えていきたいと思います。 魔法という生まれ持った才能 キキが語ったように、 魔女は「血」で空を飛びます。 「血」をわかりやすく言い換えるなら 生まれ持った才能です。 つまり、キキは生まれ持った才能で空を飛んでいるわけです。 最初からキキは空を飛ぶために特別な努力をしていないですよね。 わたしたちにも覚えがありませんか? 大して努力をしなくても無意識のうちに、サラサラっとこなせてしまうこと、ありますよね? 英語が得意、数学が得意、絵を描くのが得意、人と話すのが得意、スポーツをするのが得意、手芸が得意、別になんでもいいんです。 意識しなくても人より上手にできること、きっと持っていますよね。 まさにそれが「才能」=「血」なのです。 自由だった子ども時代 キキはこれまで自分だけの世界で悠々自適に空を飛び回っていました。 街にやって来る前のキキは、人と距離を取って、自分だけの世界で空を飛んでいたのです。 自分だけの世界で何でも言うことを聞いてくれる従順なネコを連れて、いわばお山の大将です。 そりゃあ自由ですよね。 気ままに空を飛んでいれば良かった。 でも、街で仕事をするとなるとそうも言っていられないわけです。 自分から人のなかへ飛び込んでいく必要が出てきます。 なにしろ修行ですからね。 キキ「あの、わたし、魔女のキキです。 こっちは黒猫のジジ。 おじゃまさせていただきます」😛 😛 — スタンリー@金曜ロードSHOW! 本当ならそんな具合に積極的に他の人と関わって、たくさんの経験をしないといけないのです。 親元を離れて一人立ちをした以上、いつまでも自由な子どもではいられないわけです。 認められるということは比較されるということ 仕事をこなしていくうちにお客さんも増えてきた、トンボという親しい異性の友人もできた。 みんなに自分の働きが認められるようになっていきます。 「空を飛ぶ」という自分の能力・才能が、認められるというのは、キキにとっては初めての経験です。 嬉しかったでしょう。 今までは、何でも言うことを聞くクロネコと気ままに空を飛んでいたキキですが、ここで初めて大人の世界に足を踏み入れたわけです。 能力を認められるということは、同時に他人から評価され、序列を付けられるということです。 それが大人になるということですからね。 どうしても他人を意識せざるを得なくなります。 その結果、トンボや女の子たちに嫉妬してしまったり劣等感を感じたり、落ち込んでしまうわけです。 作中では「飛行船」に夢中になってしまうトンボたちに明らかに嫉妬しています。 「空を飛ぶ」という価値尺度で、「飛行船」と自分自身を比べてしまっているわけです。 飛行船と比べたときに、わたしの存在意義ってなに・・・? さらに「ニシンのパイ」の一件です。 きっと喜んでもらえるだろうと思っていたのに、「私このパイ嫌いなのよね」と冷たくあしらわれてしまうわけです。 ここで田舎から出てきたキキの甘い考えが一気に打ち砕かれるわけです。 仕事をするっていうのはこういうことなんだ、という現実を知ることになります。 宮崎監督いわく「僕はあのパーティーの女の子が出てきた時のしゃべり方が気に入ってますけどね。 あれは嘘をついていない、正直な言い方ですよ。 本当にいやなんですよ、要らないっていうのに、またおばあちゃんが料理を送ってきて、みたいな。 ああいうことは世間にはよくあることでしょ — スタンリー@金曜ロードSHOW! 自分を探し始める思春期の幕開けです。 ウルスラが語る宮崎駿の本音 絵描きの少女ウルスラは、映画の中でこう語っています。 「あたしさ、キキくらいのときに絵描きになろうって決めたの。 絵描くの楽しくてさ。 寝るのが惜しいくらいだったんだよ。 それがね、ある日全然描けなくなっちゃった。 描いても描いても気に入らないの。 それまでの絵が誰かのマネだってわかったんだよ。 どこかで見たことあるってね。 自分の絵を描かなきゃって」 実は、ウルスラが語るこのスランプのエピソードはアニメーター宮崎駿の本音なのです。 ウルスラが語るように、昨日まで出来ていたことが急に出来なくなることはよくあることなのです。 それは魔法も同じ。 鉄棒の逆上がりとか、縄跳びの二重飛びみたいなものです。 このウルスラのセリフは原作には出てきません。 しかも歴代のジブリ作品と比べてもかなり珍しい、くどくて説明的なセリフです。 でも、宮崎監督は、どうしてもこのセリフを入れたかった。 宮崎監督は、東映動画時代に「君の描く絵は、ある人の絵に似ている」と言われた経験があります。 だからウルスラのこのエピソードは 異常に説得力があるし、リアリティがあるんです。 飛べなくなった理由 才能っていうのは、みんなそうなんです。 無意識のうちに平気で使っていられる時期から、意識的にその力を自分のものにする過程が必要なんですよ。 自分の力を自分で見きわめていく仕事を二十代・三十代・四十代とずっと続けていって、ようやくこんなものかなとある程度の見きわめがつくっていう程度のことでしょ。 だから、今まで平気で、無意識のうちにやれたことがとてもできなくなってしまうというのは、無意識のうちに成長していくことは不可能だということでもあるんです。 インタビューでの発言 (『ロマンアルバム』『ジブリの教科書5』などに収録) 前置きが長くなりましたが、キキが飛べなくなった理由について、宮崎監督は次のように語っています。 この映画の中の魔法を、いわゆる魔法ものの伝統から切り離して、彼女の持っているある種の才能というふうに、ぼくは限定して考えました。 そうすれば、いくらでも飛べなくなるっていうことはあるんだ……と。 そうなると、どうして飛べなくなったかっていう理屈が欲しいかどうかという問題になってくる。 でも、そうやって理屈をつけたからって問題が明瞭になるかといったら、決してならないでしょう。 むしろ、僕はいまのような表情のほうが、見ている女の子たちも納得がいくんじゃないかって思ったんです。 きのうまでは飛べたのに、なんで急に落っこちてしまったのか、なぜこんなに人の言葉がつきささるんだろう、なぜこんなに元気がなくなってしまったんだろう……そういうことじゃないですか。 インタビューでの発言 (『ロマンアルバム』『ジブリの教科書5』などに収録) 魔女の宅急便は恋物語でもお仕事アニメでもない 結局『魔女の宅急便』という作品においては、トンボとの恋愛なんかは大した問題ではないわけです。 なんなら、宅急便という仕事だって、大したテーマではありません。 この物語は「才能」の扱い方を忘れてしまったり、取り戻したりする物語なのです。 誰しも、子供時代には、やっていて楽しいことだったり、夢中になれるもの、好きだったものがあったはずです。 でもある時、挫折だったり、他者との比較によって、自分の才能を客観的に見つめ直さなければいけない、悩める時期がやってくるわけです。 ただし、宮﨑駿はそうやって悩むこと自体を否定しているわけではありません。 キキがラストシーンで再び飛べるようになったのは、トンボを救いたいという、ただそれだけの無我夢中な気持ちになったからです。 「おちこんだりもしたけれど、私はげんきです。 」 「何かに夢中になること」って、大人になると難しいですよね。 でも、好きなものや得意なものを見失ってしまわないためには、何かに夢中になるという経験は、欠かせないことなのです。 ちなみにジジと話せなくなるのも同じ理由 ここからは完全に余談です。 途中から、黒猫のジジとの会話ができなくなってしまいますが、これも、キキが大人の一歩を踏み出したという証なのです。 鈴木プロデューサーはこう語っています。 思春期について考える中で、ジジの役割もすごくはっきりしていきました。 あれはただのペットじゃなくて、もう一人の自分なんですね。 だからジジとの会話っていうのは、自分との対話なんです。 ラストでジジとしゃべれなくなるというのは、分身がもういらなくなった、コリコの町でちゃんとやっていけるようになりました、という意味を持っているわけです。 『ジブリの教科書5』より引用 つまり、 ジジという自分に都合の良い友人をずっと引き連れていたわけです。 トンボというボーイフレンドに会うときでさえ、 絶対に一対一にならないようにしているんです。 でも、思春期に入って少しだけ成長したキキは、もうジジと話す必要はなくなりました。 ホウキでも身を守っている キキのホウキの扱い方も非常に面白いです。 今度、映画を観るときは、キキがホウキをどうやって扱っているか、よーく観察してみてください。 母親から無理やり押し付けられたように見えるホウキですが、映画の中ではいつも自分の身を守るようにホウキを立てているんです。 自分ではそのことにまったく気づいていません。 plusbu.

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