フォッサ マグナ 地震。 長野県は地震が多い?熊本と長野の意外な地震つながりとは

産総研:南部フォッサマグナ(伊豆衝突帯)の歴史を凝縮した身延地域の地質図を刊行

フォッサ マグナ 地震

まずは、静岡は西日本か東日本か問題に決着をつける。 そもそも西日本・東日本という分け方は法令で定められた分け方ではないので、何を基準に分けるかによって変わるが、調べてみると地質学で分ける考え方が多かった。 結論からいうと2つの説があり、1つはフォッサマグナ 本州の真ん中あたりにある地溝帯 を境目とする分け方、もう1つは糸魚川静岡構造線 新潟県糸魚川市にある親不知という崖が連なった地帯から、静岡県静岡市にある安倍川付近に至る大断層線 を境目とする分け方。 いずれもその境目以西が西日本、以東が東日本だ。 どちらの説にも糸魚川が絡んでいるので、糸魚川を境目に西日本・東日本を分ければいいのでは?と地理の成績が2の筆者は思ってしまうのだが、この2つの境目は違うものらしい 境目ライターの西村さんに怒られそうだ 電源周波数の境目はフォッサマグナの西側にある大断層線、糸魚川静岡構造線だ。 糸魚川静岡構造線以西は60Hz、糸魚川静岡構造線以東は50Hzの電気が送られている。 電力会社も西側は中部電力、東側は東京電力。 1つの国で周波数は2種類あるのはとても珍しいそうだ。 周波数の違いでどちらかが損、もしくは得をしていたらイヤだなと思い調べてみたら、どうやら60Hzの方が得をしているようだ。 これまた理科の成績が2の筆者はこの欄で随分長いこと筆が止まっているのだが、60Hzの方が交流モーターの回転数が1. 2倍速くなり、機械のパワーが出やすいとのこと。 あまり理解しないまま書いていて申し訳ないが、体育と音楽で成績を補てんしていたので許してほしい。 他にも西日本・東日本で分かれるものといったら、食べ物が多い。 ・どん兵衛のだし 西日本…昆布だし 東日本…かつおだし ・いなり寿司のかたち 西日本…三角形 東日本…俵型 ・餅のかたち 西日本…丸 東日本…四角 ・ところてんの食べ方 西日本…黒蜜でデザートのように食べる 東日本…酢醤油でおかずのように食べる など挙げていくときりがないが、調べてみると今挙げた4項目はすべて三重県が境目になっていることがわかった。 食文化の境目は、静岡より若干西にずれるのだ。 食べ物のことを調べていたらお腹が鳴った。 恥ずかしい。 ちなみに以前、イラストレーターのべつやくさんがという記事を書いていた。 この記事によると浜松では関東風、関西風両方のうなぎが食べられることがわかるが、お腹が鳴り過ぎて見ていられないので、そっとタブを閉じた。

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最近、地震が多くて不安な今日この頃ですが。

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日本は昔2つだった!長野に地震が多い理由 今から2000万年前、日本列島はアジア大陸から離れて太平洋のほうへ動き出しました。 これによってできたのが今の日本海です。 離れる時に日本列島の真ん中を境に 西と東に真っ二つになったそうです。 その後、数100万年前にフィリピン海プレートが伊豆半島を連れて日本列島に近づき、真っ二つになっていた日本列島が圧縮されて近づきました。 その間にできた溝に堆積物がたまって今の地形になったそうですよ。 この堆積物によって出来た地形を「 フォッサマグナ」といいます。 長野県はフォッサマグナの地帯にあり、断層が数多くあります。 これによって大きな地震が定期的に起こるようです。 長野と熊本の意外な関係 詳しくは忘れてしまいましたが、 長野で地震が起こると、何年後かには熊本で地震が起こると聞いたことがありました。 熊本の地震と長野の地震は、どうやら関係があるようです。 2県の過去の主な地震についてみてみましょう。 (日付が新しい順)• 2018. 11 長野北部 震度5弱• 2017. ですが、 長野・ 熊本・ 長野・ 熊本・・・ と交互に発生しているのがわかりますね。 (少しずれますが鹿児島も入れました) 長野で地震があると熊本でも起こる?の不思議 熊本地震あとに長野揺れたよね~繋がってるのかね?熊本今日はあんまり震度なかったけど…気になりますな~ — Saaヒトリゴト rosequeen111 なぜ交互に地震が起こるのでしょうか。 答えは 「 中央構造線が日本列島を横断するように通っているから」 中央構造線というのは日本最大の巨大断層のことで、 九州の鹿児島・熊本~四国~紀伊半島~東海~長野に延びています。 この中央構造線上にあるのが熊本と長野です。 熊本地震のとき、遠く離れた長野で震度1を観測しました。 熊本地震は阿蘇山ふもとにある断層が震源です。 阿蘇山も中央構造線上にあります。 このことをふまえると、この先最悪の場合ですが長野や静岡、四国、九州で、同じような内陸直下地震が立て続けに起こる可能性があるとのことです。 そしてその先には、 南海トラフの巨大地震を控えているのです。 考えただけでも恐ろしいですね。 南海トラフについて 南海トラフ は、四国の南の方の海底にある深い溝 トラフ のこと。 南海トラフは、日本列島が位置する大陸のプレートの下に、海洋プレートのフィリピン海プレートが南側から年間数cm割合で沈み込んでいる場所です。 この沈み込みに伴い、2つのプレートの境界にはひずみが蓄積されています。 jishin.

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最近、地震が多くて不安な今日この頃ですが。

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フォッサマグナがどうしてできたのかを考えるには、日本海を拡大させたものは何かという問題を解決しなくてはならない。 しかし、これにはいくつもの説が並び立っていて、いまだ決着がついていないのだ。 フォッサマグナの鵺たる所以である。 ある程度有力視されているのは、地下からのマグマが古日本海の底を引き裂いて拡大させたという説だ。 私もそう考えている。 しかし、このマグマ説は、マグマの起源をどこに求めるかによってさらに二通りに分かれる。 一つは、海溝から沈み込んだプレートから放出される水の作用で地下のマントルが部分的に融解してマグマができるという考え方で、これによって海溝のそばに島弧ができるので「島弧マグマ起源説」という。 もう一つは、マントルの深部に存在して地下を移動しているプルーム(「煙」という意味)が高温のスーパーホットプルームとなって上昇し、大量のマグマをもたらしたとする考え方で、これを「プルーム起源説」という。 プルームが比較的新しい概念であり、地表のどこにでも出てこられるという場当たり的な曖昧さもあることから、研究者の間ではいまだに島弧マグマ起源説のほうが優勢である。 しかし、私はプルーム起源説を採用した。 以下の理由から、どうしてもそう考えざるをえないのである。 日本海の海洋地殻や海洋プレートは、日本海拡大のときに噴き出したマグマによってつくられた。 その体積の総和は、日本列島そのものの体積の数倍にもなる。 これほど莫大なマグマをまかなうには、マントルの部分融解では到底足りず、スーパーホットプルーム以外にはありえない。 さらに、日本海の拡大はわずか200万年ほどで終わっている。 もしマグマがプレートの沈み込みによるものなら、沈み込みはいまも続いているのだから、日本海はいまも拡大を続けているはずだ。 拡大が200万年で止まったのは、プルームによるマグマが枯渇したからと考えなければ辻褄が合わないのだ。 フォッサマグナの急所をめがけて こうしてフォッサマグナの成因について、先行研究にいくばくかのオリジナリティは盛り込んだのだが、実はこれだけではまだ、鵺を射抜いたことにはならない。 何枚ものプレートがひしめく日本列島のど真ん中に位置する巨大地溝フォッサマグナは、非常に不安定な地形でもある。 いつ崩壊してもおかしくなかったのだ。 事実、世界中を探しても、フォッサマグナと似たような地形は現在までに見つかっていない。 それなのに、なぜこの怪物は1500万年もの間、その姿を保っていられたのだろうか。 この謎こそが、フォッサマグナの急所中の急所なのだ。 しかし、私にはそのような問題はあまりにも難しすぎて、言及するつもりはなかった。 ところが編集の山岸さんは仮説でいいから書いてほしいと言う。 以前に上梓したブルーバックスで私は、天竜川がかつてはロシアのウスリー川とつながっていたのではないかという大胆な仮説を披露した。 あれはとても面白かった、あのような試論でよいから先生が思ったことを書いてほしいと無茶なことを言ってきたのだ。 私にも自分なりの考えはあった。 逡巡したのち、腹をくくった。 思いきり弓を引き絞り、「ここからが試論中の試論、『漫画』以上に荒唐無稽な話です」と前置きして、ままよとばかり、矢を放った。 それは日本海と太平洋にある二つの「三重点」が、フォッサマグナを軸につながり、あたかも超新星とブラックホールのように作用しあうことで絶妙の平衡が保たれているという、もはや「想像地質学」とでも言うべき代物だった。 はたして矢は、鵺を射抜いたのだろうか。 いずれにしても、予想もしなかった多くの人の目にさらされている拙著の、この部分に関しては批判らしい批判が現在まで私の耳には届いていないことに、やや安堵している。 松尾大社にて 心残りをあげればきりがない。 なかでも、フォッサマグナのような地形がほかにも世界に存在するのか否かについて、十分に調べ尽くしたとは言えないのは悔やまれる。 地質学的時間でいう過去には存在していたはずであり、もともとフォッサマグナを日本に見いだしたのもドイツ人であるのに、海外の研究者が関心を持つことはほとんどなく、論文はきわめて少ない。 精査するには膨大な時間が必要だ。 日頃からそうした努力をしておくべきだったのだ。 札幌で地震に遭遇したときには、さぼっていた罰が当たったかという思いも頭をかすめた。 もし拙著のこの部分がどこかの英文の雑誌にでも紹介されれば、海外の研究者が注目するきっかけになるかもしれないのだが。 『フォッサマグナ』出版からひと月半が過ぎた10月初旬、京都へ巡検に出かけた。 天王山に登り、桂川、宇治川、木津川が合流して淀川となる「三川合流」を見たあと、日本最古の神社の一つとされる松尾大社へ詣でた。 そこに「樽うらない」というものがあった。 弓矢を酒樽の中の的に当てると景品がもらえるという。 仲間たちから「平成の源三位!」と囃し立てられ、私が挑戦する羽目になった。 2本は外した。 それで終わりという決まりだったが、巫女さんの目を盗んでもう1本射ると、みごとに的中し、歓声が上がった。 はたして私は、源三位頼政になれたのだろうか。

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